この間の「みつかる+わかる」面白ゼミで、原っぱ大学のつかさんが、ステイホーム&オンラインでの遊びとして紹介してくれた、Zoomでつながり、みんなでお好み焼きをつくるという試みとてもいいなあと思った。
同じレシピをそれぞれの家庭で同時につくる。途中画面越しにワイワイやりながら、やがて出来上がったお好み焼きをみんなで食す。同じものが出来上がったように見えるが、当然ながらそれぞれ味は違うはずだ。見た目とじゅーっという音はわかるが、匂いは届かない。にもかかわらず、次第に感覚が共有されてゆく感じが不思議とつかさんは語っていた。オンライン飲み会、リモートパーティーのちょっとした変形と言えるが、たかが一つ、こうした工夫を入れるだけで、とっても愉快になる。何よりいいのは、いろいろ閉塞感漂う毎日の中で、自由になれる時間がジェネレートしていることだ。
そんなある日、フェイスブックに滝沢カレンのレシピ本を紹介する記事が流れてきた。私は彼女の大ファンである。なんと言っても独特の言語センスの虜なのだ。テレビで彼女が料理をするのを見たことがあり、なかなかの腕であることは知っていた。果たしてどんなレシピ本なのかと言えば、全編、カレン文体で貫かれた最高の本なのだ。
例えば、唐揚げのレシピはこんな感じだ。
材料
鶏もも肉:ご自分の食べたい分だけ
にんにく:すりおろしかチューブで 鶏肉ひとつにアクセサリーをつけるくらいの気持ちで
ごま油:ご褒美をあげるくらい
オリーブオイル:贅沢御免
作り方
鶏もも肉を子どもの頃に集めたガチャガチャサイズくらいの形に切ります。
自分が二の腕気にして触ってるくらいの力で鶏肉をさらに最終刺激します。
170 度にいきましたら、パサパサ鶏肉をおにぎりを一握りの気持ちで「いってこい」の後押し
で油へ。すぐさま何かしらの反応を見せたら、あ、楽しくやってるな、と見過ごしてあげてく
ださい。
だんだんとキャピキャピ音が高くなってきたら、ほんとに出してくれの合図です。
どうです。最高でしょ。
すると、ジェネレーター仲間のママから、カレンレシピで「ママたちとゆるいオンラインクッキング」してみようと思うのでのぞきに来てくださいというお誘いを受ける。こりゃあどんなことが起こるのか興味津々。記録係兼取材者として喜んで参加させてもらうことにした。
これを「企画」とか「イベント」とか呼んでしまうとその本質が消えてしまう。なぜなら、
もうなんかいろいろつかれる〜!
というママたちの思いを素直に出す場だからだ。もう「イベント」とかどうでもいいのだ。「ゆるり」とする場がほしいだけ。
働くお母さんは家でリモートワーク。オンライン会議やZOOMイベントで画面をずっと見つめっぱなしで肩こっちゃうし。雑談、ぼーっとするという気分転換のいとまがない。子どもに仕事は邪魔されちゃうし、子どももずっと家でエネルギー発散できずストレスたまってるし。そのうえ、三度三度料理するのもおっくう。なんかどんどんイラッとする瞬間が増えたような……
そんなママたちが子どもと一緒にクッキングする。日常を離れ、非日常に癒されるのではなく、あえて日常の中の日常にダイビングだ。
そのカギが「カレン」と「ゆるさ」。
子どもと一緒だからって、学びを意識したワークショップではない。とりあえずZoomはつなぎっぱなしだが、ずっと画面を集中して見ている必要はない。ママも子どもも気楽になんとなく関わってくれればいい。そんなゆるい雰囲気を否が応でも盛り上げてくれるのがカレンの言葉であり、大人も子どももみんな大好き「唐揚げ」という一品だ。
「早く作ろうよ」とやる気満々の子もいれば、恥ずかしがってZoomカメラの前に立つのも嫌という子もいる。でも、いいじゃん。いちいち最初からそろえようとするから、親も子もイライラする原因になっちゃうんだよね。だって、土曜日の午前中にさあ、カレンのレシピで唐揚げつくるだけなんだから、「ちゃんと」も何もないでしょう。
ということで子どもの参加・熱量はバラバラでスタート。ママたちが、代わるがわるカレンのレシピを声に出して読んで、唐揚げづくりを進めてゆく。
カレンになりきるんだけど、別に演技する必要はない。だからただ棒読み。でもそれでいい。
「二の腕触って、最終刺激!」
というカレン流の表現は、もっともらしく読めば読むほどかえっておかしさが引き立つからだ。
レシピを読みながらクスッとママは笑い、子どもたちは言葉尻を真似して盛り上がる。
「にんにくアクセサリー!」
とか叫ぶ子どものイキイキした声がまじり始める。じっと聞いてなくて、画面もほとんど見てなくて、勝手に話し、動く。
そんな子どものリラックスムードに引っ張られて、ママたちもどうでもいい雑談をはさむ。一瞬、抜けて洗濯物を干しに行くのも全然あり。
バラバラなんだけどなんとなくつながっている。この距離感を求めていたのだ。
カメラがあることを子どもは知っているし、意識しているから、
「これで〜す!」
とわざわざごま油を見せに来たり、
「ご褒美ってやっぱりいっぱいだよね」
とさりげなくアピールしたり。一緒に何かをたくらんでいる楽しさからくる連帯感で、撮られているというプレッシャーは皆無の自然体だ。
さて、鶏肉を冷蔵庫で15分間寝かす時間。何もしない時間がやってきた。料理にはこうした何もしない「待ち時間」が適当に入りこむのがいい。
子どもたちは、突然、自分たちのとっておきのおもちゃを持ってきて、カメラの前で見せびらかせ始める。 恥ずかしくて画面に始め登場しなかった子も自然に加わっているじゃないか。
イルカのぬいぐるみが出てくるわ、パンダが現れるは、作り中の段ボールハウスも出てきたぞ。
一方、大人もイルカのぬいぐるみをチラ見しつつ
「イルカか、江ノ島水族館っていいよね」
「なんかお客さん来ないと水族館の魚もうつになるらしいよ」
みんなでゆるい、とりとめない話をしている。加わるも離れるも適当。誰が誰に話し始めるかも適当。でもなんとなく話はつながっている。
ずっと話す、きちんと聞いている……この「ずっと、きちんと◯◯」が疲れのもと。「たまに」つながればいい。適当にゆるくね。カレンのレシピが醸し出した自由な時間が流れる。
子どものわけのわからない声やら、あちこち飛びまくる、とりとめない会話。私は記録者として外から見ている立場なのだが、この様子を見ているだけでほっこりした気持ちになる。ゆるやかな気が流れていれば、オンラインでも伝わるから面白い。
あっという間に待ち時間は過ぎ、あとは揚げるのみ。
「驚くほどブったりした鶏肉」をいよいよ油に入れる。「ブったり!」なんじゃそりゃあ。大人も子どももカレンの言葉にやられっぱなし。
このなんだかわけのわからない言葉が、あともう少しでみんなの大好物ができあがる!というムードをさらに高める。
子どもたちにドライブがかかり鼻歌まじり。一緒に片栗粉をまぶしたり、揚げたり、親子のチームプレイが自然に生まれる。
「キャピキャピ」してきたら完成。
揚げてる音がキャピキャピしてるのが聞こえてくるぞ。でも美味しそうな匂いまでは共有できないはず。でも、
「わあ、いい香り」
「美味しそう!」
という声がそれぞれの家で発せられるのが画面越しに共有されると、いつしか「匂い」も画面を通して感じられるような錯覚に陥る。リモートで五感が共有される不思議。
と同時に、成長期男子たちの
「ご飯食いてえ、山盛り食いてえ、お腹すいた!」
の声。よかったねえ、これからたらふく食えるぜ。
それぞれの家でそれぞれのタイミングで山盛りの唐揚げが出来上がる。それをみんなチラ見しつつマイペースでランチタイムへと突入してゆく。「いっせいに」なんか進まない。ご飯が炊けている家もあれば、これから用意するところもある。
食べる準備ができた人からどんどん
「いただきま〜す!」
だ。
男子たち、味噌汁に山盛り飯で早速食べ始める。
「うまい!」
こういう同じ釜の飯もあり。こういうみんなでつくる料理もあり。ゆるやかな土曜の午前中が楽しく過ぎ去った証拠の幸福そうな顔が画面越しに見える。
「こういうのまたやりたいな」
「今度は餃子かな」
「揚げるのが楽しかったね」
そんな意見が子どもからあがる。もちろん、途中から唐揚げづくりなど見向きもせず他のことに夢中だった子もいる。でも、みんな幸福な時間を過ごし、なによりママたちがニコニコ顔なんだからそれでいいじゃないか。
でも、初めのうちは、わが子が、粉をこぼしたり、ちゃんと動いてくれなかったりして、やっぱりイライラしてしまったと最後に素直に告白してくれたお母さんがいた。ただ、わが家と同じような状況でありながら、楽しそうにやってる他の家庭の様子を画面越しに見て、「ああ、そんなにイライラしなくていいんだ」と気づけたと言う。
「自分の家だけでやっていたら、こんなに楽しく時間は過ぎなかったかも」
「キャピキャピ」うれしい声をあげていたのは唐揚げだけでなく、参加したみんなだった。楽しく語りあいながら、なんでも「適量」でいいじゃないという本能的感覚で料理をつくる時間が、なんだかんだ張りつめている「神経」を見事にゆるめたのだ。
本来、ルーティン仕事で、やらなければならない仕事が、それぞれマイペースを取り戻しつつ、暖かくつながる時間に変わったのである。
「知らず知らず仕事が一つ片づいちゃうし、楽しいし、しかも美味しいし。この感覚、どこかで味わったような。そうだキャンプだ!」
と語るママもいた。 いつも逆算して、イライラしながらなんだけど、時間も手順も気にせずゆっくり家で料理をすることはあまりない。でも、キャンプでは適当に、自由にのびのびつくるじゃないか。
キャンプの楽しさは、もちろん自然の中で過ごすことにあるが、それ以上に、気持ちが解放されて、ざくっとバーベキューとか鍋とかを囲むアバウトさがあるところ。今日、みんなでお腹いっぱいつくったゆるクッキングでの唐揚げは、このキャンプの感覚を家庭に再現したのだ。これぞバーチャルリアリティではないかww
「いやホント、今まで食べた唐揚げの中で一番美味しかった!」
「私もだよ。過去一番!美味しかった!本当に」
終了後に交わされたママどうしのメッセージ。
ウィズコロナ時代の大きな課題は、日常にいかにゆるやかな時間をつくりだすかということになるだろう。「すべき」「した方がいい」「しないと大変」の呪縛から逃れて、自由に、「それもありだね」と微笑みあえる時を、親子で持つこと。そのためのなんてことはないけれど、楽しくてずっとやりたくなってしまう仕掛けが一緒に「ゆるクッキング」だということがよくわかった。
次の「餃子」、絶対楽しいし、美味しいぞ。
今回、こんな面白い場をつくったのはママタチ(mama touch)というグループです。下のNOTEの記事、とても面白いので、ぜひのぞいてみてください。